石志野日記。

いわしのひのき。\\ Sardina Jota

私はこんな木の下に眠りたい。

 エーデルワイスのリコーダーを、そらで練習している男の子が、遠くから奏でる単調な旋律にすこしだけ口元がゆるむ。
 ぼんやりと公園の中、親子連れでにぎわうそのすみっこで、ひとり、お弁当を広げた。
 頭上で鳥がいやににぎやかだと思い見上げる。電柱の上で、子作りをしていた。
 孫と遊ぶおじいちゃんおばあちゃん。
 もうエーデルワイスはやめてしまったようで、ドードドドシーソーララドドソー、ソファーファソファミソドドドラシドレー(、と、儂がそらで歌えるw)に変わった。
 思えば、実家の近くに「公園」はない。
 家の目の前には田んぼが広がり、この時期ならば、今頃、レンゲ草畑になっているだろう。
 どこからかとんできた綿毛に、束の間、目を奪われた。少しだけ強く、肌寒さを感じさせる風に、どこから乗ってきたのやら。
 私も連れて行っておくれ、さもなくば…さもなくば、…。
 近くの港で海面におちて、流れてゆくのも良いのかもしれないな、なんて。
 日曜の午後、ひとり思う。

 


 っていう、ね。公園でお昼御飯でした。研修で、市外に出ておりましてw
 調べてみたところ、「パフ」(Puff the magic dragon) という曲ですね。みんな「ドードドドシーソー」ってw
 いま書きながら、「ふーんふふんふんふーんふーん…live by the sea」と歌ったわし。
 本当は、「Puff, the magic dragon, lived by the sea」でした。oh、じゃっかん覚えていたw でも肝心のところがすっとんでいる不思議!(。´・ω・)?

 

 さて、レンゲ草、皆さまのお近くの田んぼには、蒔いているところと蒔いていないところがあるかと思いますが、あれは自然に生えてくるものではないのだと、いつから知ったかというと、中学上がるくらいでした。
 小学校の高学年くらいで家を移り住みました儂ですが、まあ、3軒先の曾祖母や祖父母のいる、いわゆるなんてーんだ、本家?みたいなところを、半分ほど改築しまして、移り住んだのです。
 幼少期に住んでいた家の目の前には田(うちの、ね)。道を挟んで、うちの田が2つ。どちらも、春にはレンゲが咲き乱れ、初夏(とはいえ実家は地域で一番遅い…)田植え、秋には稲穂が揺れて稲刈りになり、冬には霜柱が、という四季の中で育ちました。
 そう、レンゲってえやつは、ちゃんと蒔いているんですよ。ただ、よーく思ってみれば、それもそうなのですよ。
 田植えの前に、水をはりますね、田んぼに。そして地ならしをしますよね(単語が合っているかはしらんがw)
 掘り返して掘り返して石を取り除いてごみを取り除いて、ようやく田植え。水を絶やせない時期が続いて、大きくなって来たらあとは黄金色まで(実際はもっと手が入るんですけど、大まかにいえばこのくらい?)、ね。
 ほら、水が引けた後にも、ふつうならばあるはずのレンゲは、一切生えてこない!そう、そうなんです、春前に蒔くんです。ですから、蒔くものを変えたりすることも出来て、それで気付いたんだけどサ☆ 当時、じいちゃんが、レンゲではなく、菜の花を蒔いたのでした。試験的に、数たん…たんって漢字どれだろう…。反、で良いらしい。
 まあ、おいといて、そう、菜の花の時期があったんです。うちのおじいちゃん、好奇心旺盛で、菜の花から菜種油を僅かながら作ってみよう、というやつだったのですΣ(・□・;)
 黒米や赤米なども面白おかしく作っていたようなおじいちゃんなので、いろいろやってみたんでしょう。
 レンゲが良いのはですね、窒素固定という、理科のお勉強の一環でして、これをなぜか、中学くらいに、父の園芸の本で知っていまして、高校の生物の授業で「あー、あれね」みたいな根粒菌とか、クローバーもなんですよっていうやつ、ね。
 土中の云々ですよ(詳しくはググった方が早いよw

 っていうのを、研修の時に思っていたんだよ(勉強会みたいなやつではなく、現地に行って周辺環境をメモしてお客さんに訊かれたら伝えられるように、っていうやつなんで、個人なんです)

 

 

 まあ、こんな日曜でしたよ。明日はお休みなんで…って、もう日付が変わってるうううううう!?

 もう寝よう。いろいろ、…寝よう。

 あーうーもー辞めたいw

 

 そうだ、社保に変わってカードもらったんで、ついに、後ろの面を書きましたよ! 臓器提供の意思表示。話に聞くところによれば、結構ぐろいくらいに体をめちゃめちゃにされる、と聞いたこともあるのですが、儂の個人的な見解では、御棺の顔の部分だけぱかって開くじゃないですか、そこさえ良く見えてりゃええんちゃうのん?って。

 ただまあ、仮に移植されたとしてもだ。儂のような「生に対して消極的」な人のものを移植されて、それで生きようと思ってくれるような人がどれだけいるのだろうかと…まあ、よっぽど強い意志があって生きていらっしゃるのであれば、その糧にどうぞしてくださいっていうやつなんだけどサ。

 とはいえ、眼球は、儂めっちゃ目わるいし(関係ないのかもしれないけど、気になるじゃん…)、目玉くり抜かれるってのはちょっと嫌かなって思って(首から下は裂かれてもいいかなって(もちろん死んだ後だからだよ))。

 ただし、そう、「但し書き」である。よく領収書の下に但し、宿泊代として、みたいなやつ(ちg…。

 そう、臓器はくれてやる。ただ、儂の生きていた時代の考えにのっとってもらいたい!というだけである。公開していないだけにたった一人でのぼんやりとした太陽信仰があるので(はははっ、根暗の行き過ぎてる感があるよねw)、誰にも害はないのでのんびーりと信仰しているんだが(ひとりでねw)、その思いだけはちょっとねじまげられたくないので、ただし! ただし、お天道様がいらっしゃる時間帯ならば、意志表示は無効だ! と書いてみた。

 まあ、実際は、家族の自筆欄が空白なんで、仮に明日、交通事故で植物状態になったとしても、効力を発揮してくれるか否かは不明なんです。えへ。

 生に対して消極的なので、延命措置なんてえもんは、一切不要、だとも書いている。願わくばその時が、曇天または雨天、または夜間であることを祈っているよ。はっはっは★

 

うっしゃ。寝るべ。おやすーみー♪